JICE 一般財団法人国土技術研究センター

JICEの政策提言(次期主力政策領域)

 

G 『NIPPON防災資産』 認定制度 〜災害伝承の普及を通じた災害の「自分事化」〜

ポイント 防災について様々な情報が世の中にあふれる一方、依然として「逃げない」「備えない」人が多いのが現状です。情報を受け取った人がそこから行動に移すためにはどうすればよいのか、という課題に対して、JICEでは「自分事化」が行動のための鍵である考え、令和4年度から自主研究として災害の自分事化のための取組に着手し、翌年度からは「災害の自分事化協議会」の設立による検討も進めています。
 具体的には、地域で過去に実際に発生した災害の”リアル”な事実、地域で伝えられてきている災害の教訓の中にこそ災害を自分事化する力、すなわち人の心をゆさぶり、行動を変える力があり、そのようなコンテンツ・活動を「NIPPON防災資産」として認定する制度にとりまとめ、この成果を内閣府、国土交通省へ提案し、令和6年5月の国による新たな認定制度創設として具体的な社会実装に至りました。

災害の頻発と繰り返される被害の発生

 災害のたびに繰り返される「まさか自分が・・」という悲劇。
 全国各地で毎年のように災害が発生し、メディアでも広く報道されているものの、その事象が自分事化されないことにより、いざ自らのリスクが高まった際でも避難行動などの的確な行動変容に繋がらず、犠牲者の発生や大規模な社会・経済被害につながり、災害の度に繰り返されています。
 災害から命を守るため、また災害後も持続的な地域社会であり続けるためには、あらゆる関係者が災害のリスクについて知識を得るとともに、災害を「自分事」として考え、実際の行動に移せる社会づくりが必要です。

課題解決のカギは「自分事化」

 情報を受け取った人が行動を起こすためには、どうすればよいのでしょうか。
 この問いに対して、マーケティング・広告分野では「ファネル(漏斗)」という概念を用いて、人が商品を認知してから購入するまでの状態遷移を整理・分析する手法があります(図-1)。
 JICEでは、この概念を用いて人が防災に関する情報を得てから、避難や事前の備えといった行動をとるまでの状態を整理し、「自分事化」こそが課題解決の鍵であると考えました。
 一方、JICEは、「流域治水」の取り組みに対する流域のあらゆる関係者の参画について問題意識を持つ国土交通省に対して、”ファネル”による概念整理を行ったうえで「自分事化」がカギであることを提案しました(図-2)。
 このようなJICEからの提案も参考にしながら、国土交通省では、令和5年4月「水害リスクを自分事化し、流域治水に取り組む主体を増やす流域治水の自分事化検討会」を設置し、同年8月に提言をとりまとめました。提言には“ファネル”を応用した課題整理(図-3)や、自分事化のための災害伝承の活用など、JICEが国土交通省に対して提案してきた内容が盛り込まれました。

図-3 国土交通省検討会提言より「流域治水推進上の課題(自分事化)」

『NIPPON防災資産』 認定制度

表-1 災害の自分化協議会 開催経緯

図-4 NIPPON防災資産
ロゴマーク
(国土交通省、登録第6835579号)

図-5 NIPPON防災資産 優良認定案件例
【えちごせきかわ大したもん蛇まつり(新潟県関川村)】
(写真提供:関川村)

 国土交通省の提言を受ける形で、JICEでは、令和5年9月、「災害の自分事化協議会」を設置し、令和6年5月までの4回にわたる検討を経て(表-1)、全国各地の災害を伝承する良質なコンテンツや活動に対する認定制度(名称、ロゴマークも含む(図-4))の考え方や認定基準や、その展開・普及について検討成果をとりまとめ、内閣府及び国土交通省に提言しました。この提言を踏まえ、内閣府及び国土交通省は、同月に「NIPPON防災資産」認定制度を新たに創設し、9月には最初の認定案件22件(優良認定;11件、認定11件)を決定、公表しました(図-5参照)。
 JICEとしては、国と連携して、認定案件が有する「伝承の知恵」の蓄積、分析、共有をし、認定案件関係者、日本全国で災害伝承に携わる方々だけでなく、幅広く一般に災害を自分事するための「教訓」として発信し周知することとしています。
 これらの一連の取り組みを通じて、持続的で安全な地域社会が構築されることを目指します。

 

H 社会課題の解決に直結する道路政策の提言

ポイント 国土交通省道路局は、2023年10月に『WISENET2050・政策集』を公表しました。これは道路政策の中長期的な展望を示したものです。
 この政策集で記載されている内容には、JICEの自主研究で行った提案が活かされています。道路計画論の再構築といった考え方や、自動物流道路、カーボンニュートラル、ネイチャーポジティブといった先駆的取り組みが示されています。JICEは政策提言集団として、政策立案とその実現に向けた支援を行っています。

道路計画の考え方の転換

 1965年に日本で最初の高速道路である名神高速道路が全線で開通しましたが、当時の日本の道路の舗装率はわずか4.5%程度でした(出典;道路統計年鑑2023)。この頃からモータリゼーションが急速に進み、1966年には約8百万台であった自動車保有台数は2000年には約75百万台とおよそ10倍に増加しました。経済成長が進み、急激に増加する自動車交通に対して絶対的に道路が不足していた状況においては、速やかに道路をつくる・つなぐことが道路行政の目標でした。
 今や道路の整備率も上がり、高速道路も供用延長という観点では整備が進んできました。しかし、欧米諸国と比較すると実際に走行できる速度は低く、道路のサービスレベルという観点では大きく劣っており、その結果、自動車での移動に多くの時間が費やされています。労働力不足が大きな問題となる中、道路のサービスレベルの低さは大きな社会課題であると言えます。
 加えて近年では、少子高齢化、地方の衰退、地球温暖化、生物多様性の危機、インフラの老朽化、災害の激甚化といった新たな課題が顕在化してきました。
 これまでつくる・つなぐことを目標としていた道路整備は、近年までになかったさまざまな社会課題に対応する道路整備に転換していかなければなりません。

JICEの取組みと『WISENET2050・政策集』

 JICEは自主研究等を通じて、有識者との意見交換、道路に関する課題やニーズや新技術の動向の把握、海外の先駆的な道路施策等の情報分析に努め、以下のような、新規に取り組むべき施策の提案を行ってきました。

@道路計画論の再構築
 日本の労働生産性は、米国を始めとするG7各国の中で最下位となっています。少子高齢化が進行し生産年齢人口が急速に減少する一方で、長時間労働の是正が求められる中、日本経済が成長を続けるためには、労働生産性の向上が喫緊の課題です。
 一方、日本では渋滞によって、移動時間の約4割にあたる年間約61億人・時間(一人あたり約41時間)もの時間が失われており、この時間は約370万人分の労働力に匹敵します。渋滞対策はデータに基づき、料金施策やリバーシブルレーンなど従来を超えた賢いものを取り入れなければなりません。
 また、今までは認識されていませんでしたが、渋滞とは別に、渋滞がない場合の速度サービスの低さも生産性向上のための大問題です。主要な都市間の渋滞していない時間帯の移動速度(都市間旅行速度)を算出すると、都市間旅行速度が時速60km以上の道路は4%しかなく、アメリカ(60%)、ドイツ(40%)と比較すると道路のサービスレベルが非常に低いことがわかります。新しい施策が必要です。
 このような問題認識のもと、JICEは道路計画の再構築に関する自主研究を通じ、@データによる渋滞対策、A非渋滞時の旅行速度の向上、Bネットワークとしての道路機能の分化など、サービスレベルを考えた今後の道路計画の在り方を提案しています。

A自動物流道路
 2020年から残業時間の上限規制が開始され、猶予期間が設けられていた運送業についても2024年4月から残業時間規制が適用されました。この規制により、ドラックドライバー不足や輸送力の低下といったいわゆる物流2024問題が懸念されており、このままでは2030年には全国で約35%の荷物が運べなくなると試算されています。
 また、トラックによる貨物輸送は、鉄道や海運と比較すると多くのCO2を排出します。カーボンニュートラルという地球規模の課題に対して、トラックによる貨物輸送も大きく転換しなければなりません。このような課題に対応するためには、従来のトラック輸送を改良・効率化と併せて、省人化・脱炭素に貢献しうる新しい物流システムが必要です。
 JICEは1990年代に検討が行われていた物流専用の地下トンネルの研究成果を足がかりに、ドライバーを必要とせず、貨物が無人・自動で走行し、電力を用いることによりCO2を排出しない物流システム『自動物流道路』の実現に向けて、海外の事例や日本の物流の動向、事業モデル等に関する調査研究を行っています。
 また、トラックによる貨物輸送は、鉄道や海運と比較すると多くのCO2を排出します。カーボンニュートラルという地球規模の課題に対して、トラックによる貨物輸送も大きく転換しなければなりません。このような課題に対応するためには、従来のトラック輸送を改良・効率化と併せて、省人化・脱炭素に貢献しうる新しい物流システムが必要です。
 JICEは1990年代に検討が行われていた物流専用の地下トンネルの研究成果を足がかりに、ドライバーを必要とせず、貨物が無人・自動で走行し、電力を用いることによりCO2を排出しない物流システム『自動物流道路』の実現に向けて、海外の事例や日本の物流の動向、事業モデル等に関する調査研究を行っています。


図-1 閑散時旅行速度の国際比較
【出典】稲本・張・中村(2023):
国内外の幹線道路における閑散期旅行速度の要因分析
第43回交通工学研究会発表会論文集

図-2 スイスの地下物流システム
【出典】Cargo Sous Terrain
http;//www.cst.ch/en/media-center/

B持続可能な地球環境の実現(カーボンニュートラル、ネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミー)
 地球温暖化による気候変動が深刻化し、生物種の絶滅が急速に進行する中、人間の活動の影響から地球を守りながら豊かさをどう持続させるかが大きな課題です。世界では、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの3本柱の地球環境保全の動きが盛んになっています。
 道路はコンクリートやアスファルトを使用し、生物の生息域を分断し、そこを通行する自動車は多くのCO2を排出しています。地球環境保全の動きが活発化する中、道路もこの大きな課題に対応するものに変わっていかなければなりません。
 JICEは、日本の道路分野にも地球環境保全の取り組みが必要との提案を行い、地球環境保全に関する世界の動きを調査や道路における施策の方向性の検討を行っています。
 国土交通省は、2023年10月に、2050年の将来を見据え、“2050年、世界一、賢く・安全で・持続可能な基盤ネットワークシステム”をWISENETと位置づけ、関連する政策についてとりまとめ『WISENET2050・政策集』を公表しました。
 『WISENET2050・政策集』には、前述のようなJICEの提案や提供資料が活用されています。JICEは今後も引き続き、WISENETに示された方針の具体化の検討や、道路整備の実施機関である地方整備局等が行う計画の策定等をサポートし、未来のよりよい道路政策の実現に貢献します。
【茂原第一トンネル】 
圏央道茂原第一トンネルは道路によって分断された2つの森をつなぐため,中小型哺乳類の通過を目的とした道路横断施設。
調査の結果,主にホンドタヌキ,ニホンイノシシ,ニホンノウサギ,ノネコの利用が確認されている。
【出典】
圏央道茂原第一トンネル上部の哺乳類による利用
平川 颯也ら,
日本緑化工学会誌, 2017年43巻1号 p.310-313

 

I インフラ分野の脱炭素化を支える 〜脱炭素社会の実現に向けて〜 

ポイント カーボンニュートラルの実現に向けた取組が世界各国で進められています。
 JICEでは、我が国全体のCO2排出量の約2/3がインフラに関係することを明らかにし、我が国の脱炭素社会の実現に向けたインフラ分野への期待が大きいことを示しました。この成果は、2023年の国土交通省の審議会で審議され、これを契機に国土交通省各局がカーボンニュートラルに向けた検討を本格化させています。
 引き続き、インフラの施工段階の温室効果ガス(GHG)排出量の算定マニュアルの策定支援を始めとした建設現場の排出削減方策の検討のほか、公共調達、道路利用およびハイブリッドダム等を含めた、ライフサイクル全体のインフラ分野の脱炭素化を支援して参ります。

世界と我が国のカーボンニュートラルの動向

 気象災害等の気候変動の影響が顕在化しており、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、世界各国で温室効果ガス排出削減の取り組みが進められています。
 世界の主要国では、交通輸送やビルの運用、セメントや鉄鋼製品を始めとしたインフラ関連の排出量が多い分野に関する削減の取り組みが重点的に進められています。
 我が国でも、2030年度の排出量を2013年度から46%削減、2050年までにカーボンニュートラルを達成することを国際公約に掲げており、この実現に向けた戦略的取り組みが求められています。


図-1 我が国の再生可能エネルギー発電量とCO2排出量

インフラ分野から社会の脱炭素化を支えるJICE

 JICEでは、我が国全体の排出量とインフラ分野の関係性を示すデータを分析し、我が国全体のCO2排出量の約2/3がインフラに関係することを明らかにし、我が国の脱炭素社会の実現に向けたインフラ分野への期待が大きいことを示しました。この成果は、国土交通省の「社会資本整備審議会・交通政策審議会技術分科会 第32回 技術部会」(2023年2月16日)で審議され、これを契機に国土交通省各局がカーボンニュートラルの検討を本格化させています。
 また、令和6年6月に国土交通省が公開した「インフラ分野における建設時のGHG排出量算定マニュアル案」の作成を支援するなど、建設現場で使用された低炭素・脱炭素技術の分析・評価や建設現場の排出削減方策の検討を実施中です。
 引き続き、公共調達、道路利用およびハイブリッドダム等を含めた、インフラの計画〜運用〜廃棄までのライフサイクル全体のインフラ分野の脱炭素化に向けた取組を支援して参ります。


図-2 社会資本のライフサイクルにおけるGHG排出の関係者

図-3 建設分野における低炭素化技術