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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

損して得とれ

掲載日時:2011/09/15

 「損して得とれ。」

 子供の頃、失敗した時に、この失敗を次に活かせば良いと言う意味で、周囲の大人からよく言われた「ことわざ」である。

 この「ことわざ」、辞書で調べると「一時は損をしても、先の大きな利益を得るようにせよということ。」とあり、英語では

「Sometimes the best gain is to lose.」

というそうだ。実は、戦略的または野心的な言葉でもある。

 ところで最近、信濃川の大河津分水路の歴史を調べる機会があり、その時この言葉をふと思い出した。

 長野から新潟へ北に向かって流れる信濃川は、日本海沿岸に伸びる丘陵によってそのまま日本海に流れ出ることができず、北東に日本海と並行して流れていた。このため、勾配が緩くなる下流域は、大雨の度毎に氾濫し、水はけの悪い湛水田は、大きな被害を度々受け、人々は苦しんでいた。
 そこで、南から流れてきた信濃川が日本海沿岸の丘陵にぶつかり新潟平野に向う、その曲がり角に位置する現在の燕市分水地区から日本海に向けて約10kmの人工河川を掘り、増水した信濃川の洪水を直接日本海へ流す分水事業の必要性が、江戸時代中期から地域の人々により繰り返し訴えられてきた。

 そして、地域の人々の200年にも及ぶ訴えが叶い、1922年(大正11年)に大河津分水路が完成。その後下流の水害は大いに減少し、度重なる水害から免れた越後平野は乾田化し、その後の生産能力向上が実現された。さらに霞ヶ浦一個分以上の面積に相当する2万5000町歩の新田が開発され、国内でも有数の穀倉地帯へと発展した。

 江戸時代中期、この事業の実施を強く望んで、幕府への請願行動を始めたのが本間数右衛門という寺泊の人物である。数右衛門の後も長きにわたり、水害に苦しめられた土地の代表者と寺泊の代表者が、幕府や明治政府に事業実施の請願を続けていた。

 ここで「おやっ」と思った。寺泊は元々信濃川とは関係の薄い海辺の町である。一般的に、放水路や分水路をつくることに対して、土地をとられ、水路ができることで増水時に危険にさらされる地域の人々は猛烈に反対するのが常である。なのに反対はおろか、請願の先頭に寺泊の人物が立ってるのである。このケースはとても珍しいのではないだろうか。
 どうして寺泊の人達が?私はその理由が知りたくて、文献を調べ、信濃川に詳しい関係者にも尋ねてみたが、明快な答えを得ることはできなかった。

 信濃川百年史では、海の漁師から、大雨で上流から濁った水が流れてくると、魚がとれなくなるとの苦情があったとの記録があるにとどまっている。
 納得ができないので、もう少し文献などを調べて見るつもりではあるが、数右衛門をはじめ寺泊の人たちは、多少の損はあっても、将来の新潟が、そして日本が豊かになることを望んだのか。
 参考までに、現在の寺泊の海は、海岸侵食で砂浜が痩せている信濃川河口付近と違って、分水路が運んでくる砂のおかげで遠浅のすばらしい砂浜が維持され、夏には海水浴客で賑わっている。また、淡水が混ざり合う付近の海では、魚種も多く水産業も盛んである。よもやこれを見越していたのだろうか。
 いずれにしても、次世代以降の将来のためにとった「損して得とれ」の行動ではなかろうか。得した側にあたる現代に生きる世代は、感謝しなければならない。

 損と得は短期間で評価すると必ず両者が一対となって存在する。試合に負ける人がいれば必ず勝った人がいる。損した人がいれば必ず儲けた人がいる。しかし、将来まで視野を拡げればそうではなくなる。試合に負けても、その悔しさで頑張って練習し、もっと強くなることもできる。成長を信じた会社の株を買えば、将来大きな配当を手にするかもしれない。
 将来のための判断として、今この瞬間に努力したり、損したりすることもあるのだ。

 しかし、最近そのような発想にとんとお目にかからない気がする。
 子供のことでも、今の成績が悪いから塾に行かせるというのではなく、将来どんな人間になって欲しいかを考え、そのための環境を整えつつ、長い目で待ってあげることが必要なのではないか。この子は、絵を描くのが上手だから美術館にたくさん連れて行ってあげようとか、運動神経が良いからスポーツクラブを勧めることも良いかもしれない。
 政治を扱うマスコミもそう。毎月のように内閣の支持率を出して、一ヶ月間の数%の変化で政治課題の是非を問う。見ている時間が極めて短い(近視眼的)ように思える。
 こうなると政治家としても、とても損して得とれなどと言っていられない。昨年実施された事業仕分けは、近視眼的な損得の議論を行ったという点で、その最たるものではないか。

 今必要が薄く、また将来の成果が確実ではないものは、とりあえずやめてしまおうという発想になっていた。長期的な評価や、自らの判断基準となる将来ビジョンも持たずして、桃太郎侍のように次から次へと切り捨ててしまう。その方法に疑問を持たざる得なかった。
 ちなみに、「仕分け」されてしまったが、先日好成績を収め話題になった「スーパーコンピューター」と「なでしこジャパン」は、過去からの蓄積と当事者の熱意で達成されたものであり、仕分けされても大丈夫だったと見てはいけないと思う。これからが問題なのだと思う。

 近視眼的な行動だけでは、とても国家は成り立たない。社会情勢が不安定で一年先の為替相場やたばこの値段もわからない世の中ではあるが、せめて数年先のビジョンを持って生活していきたいものである。