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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

正義の実現のための殺毅

掲載日時:2017/02/07

国土政策研究所長 大石 久和

 民族が経験してきた多数の死のかたち(死に至る原因)が、それぞれの民族の死生観や生命観を左右するのは当然である。この死の態様が世界のほとんどの民族と日本とでは大きく異なることに気づいたことが、『日本人はなぜ大災害を受け止めることができるのか』(拙著・海竜社)において、日本人が東日本大震災などで示した災害時の「世界の人々には信じがたい冷静さ」から日本人論を論じてみようと考えるきっかけとなった。

 このきっかけを得てよく調べてみると、死のかたちの違いこそが、ヨーロッパ人や中国人などと日本人との「歴史観」「人為観」「天為感」「死生観」「宗教観」「人間観」に関して大きな違いを生んでいる元だったのである。

 また、これは「正義の実現のためには許される殺戮がある」との感覚がヨーロッパや中国にはあるということなのだ。この理解なくして、現在の中東情勢を理解することなど到底不可能だ。この感覚を世界のなかでほぼ唯一日本人だけが欠いているとの認識も重要だ。

 「死のかたち」こそが彼我の違いを生んでいる大本であると考え始め、わが国でも頻発した歴史上の紛争や合戦において一体何人くらいの人が亡くなったのかを研究していないかといろいろ探したのだが、日本人の研究者を見つけることはできなかった。

 また「死のかたち」が日本と他国ではまったく異なることや、それが民族の思考や感性に決定的な影響力を持っていることを研究で明らかにした正統派の学者も皆無だった。

 いろいろと調べているうちに、アメリカ人のMatthew White氏が世界の紛争での死者数を研究しているブログに出会ったのである。彼は、それぞれの紛争や戦争ごとに多くの研究者が主張する死亡数を示し、その平均値を示すなどしていたのである。

 この紛争ごとの膨大な死亡数を、10年ほど前から筆者の主張の論拠として用いていた。最近になってWhite氏は『The GREAT BIG BOOK of HORRIBLE THINGS−The Definitive Chronicle of History’s 100 Worst Atrocities』を著し、それが邦訳されて『殺戮の世界史−人類が侵した100の大罪』(住友進訳・早川書房)として出版された。

 ブログ時代からさらに研究が進んだらしく、数字はかなり改められていたが、この著作で彼は100の紛争・戦争を記述し死者数の多い順に整理した。そのナンバーワンは第二次世界大戦で死者6600万人と記録している(ブログ時代は5500万人だった)。

 われわれが比較的よく知っている紛争とその死者数を彼の著書から少し引用してみよう(戦争期間はWhite氏の整理による)。

 

  • ベトナム戦争(1959〜75年) 420万人
  • ナポレオン戦争(1792〜1815年) 400万人
  • 百年戦争(1337〜1453年) 350万人
  • 十字軍(1095〜1291年) 300万人
  • フランス宗教戦争(1562〜98年) 300万人
  • 朝鮮戦争(1950〜53年) 300万人
  • ピョートル大帝(1682〜1725年) 300万人

 われわれ日本人がわが国の歴史上最大の失敗をしてしまった大東亜戦争・第二次世界大戦での日本人の死者数は300万人強だったと言われているから、これらの紛争はやはり大変な犠牲を強いたのだった。(朝鮮戦争死者数に注目しておきたい)

 紛争死トップ20の第一位は先の世界大戦だったのだが、このなかには中国での事件が多く含まれ、中国大陸は殺戮・虐殺の大陸だったことがわかる。

 White氏の紹介通りに示すと(中国国土に閉じていないチンギス・ハンは別として)

 

  • 毛沢東 4000万人
  • 明の滅亡 3500万人
  • 安史の乱 1300万人
  • 新王朝 1000万人
  • 元の滅亡 750万人
  • 中国内戦 700万人

となっており、世界のトップ20の紛争のなかに6つも占めている。なお、毛沢東というのは、彼が直接手を下しただけではなく、下放政策や文化大革命など彼の名前で行われた政策の失敗による餓死者などが多く含まれている。こうした死のほとんどは、ヨーロッパでは「正義」、中国では「正統」をそれぞれ求めた紛争でもたらされたものであった。

 White氏の研究には、わが国での紛争は島原の乱は記載があるが戦国時代すら表されていない。われわれは紛争や内戦では大量死していないが、それにかわって自然災害で多くの人々が死んだのであった。

 この死因の違いが大きいのである。紛争死は殺された死であるから、死んだ者は恨みを残して死んだに違いない。そのため、残された者には殺した相手を恨み抜いて復讐を誓わないことには受け入れることができない死なのである。

 場合によっては、中国史にあるように墓を暴き屍を掘り出して長江に流し去らなければならないこともあるなど、長年月にわたる執拗なものなのである。

 ところが、日本の死はそうではない。恨みたくても復讐を誓いたくても、日頃の生活の糧を与えてくれる海が持ち上がって津波となったり、米や野菜を育ててくれる川水が洪水となったりして、多くの愛する者の命を奪っていったのだ。

 この大量死には、恨む相手もいないし復讐を誓うべき敵もいない。この死は「ただひたすらに受け入れるしかない絶望的に悲しい死」なのである。ここには、一神教の「絶対的服従と信仰を求め、信じない者には厳しい罰を与える神」が入り込む隙間がない。われわれ日本人が必要としたのは、理由なき死という苦しみを受容してくれる仏の存在であった。