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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

「公務の大きさ」考

掲載日時:2017/01/11

国土政策研究所長 大石 久和

 本コラムでは数年前に公務員の国際比較を紹介したことがある。あまりにも実態をふまえない公務員攻撃が続き、「公務というサービス」の提供能力が数量的にも質的にも低下し、災害対応にしても近年人員不足による齟齬が目立つように、政府や地方の行政執行能力の欠如につながる懸念や危険というより、その現実化に危機を感じたからであった。

 その実態とは、わが国の「公務」にかかる総費用や「公務員の総数」は世界の先進国との比較でみると、「かなりどころか相当に少ない」と言うことなのである。にもかかわらず、これをふまえないまま「公務総費用」をかなり削減せよとの主張が今でも止まらない。

租税負担率

 公務の大きさを図る方法にはいろいろ考えられるが、ここでは国民負担率(対国民所得比)の内の社会保障負担率除きの租税負担率で見てみよう。これが政府の大きさを基本的に規定していると考えられるからである。

■日本 23.2% ■アメリカ 23.7%
■イギリス 36.0% ■ドイツ 30.1%
■スウェーデン 49.0% ■フランス 39.4%


(2012年、財務省資料)

このように国民負担率から見た「公務の大きさ」は、わが国はかなり小さいといえる。

 防衛費のGDP比も、これだけ中国の圧力が増し、北朝鮮が何をしでかすかわからない情勢だというのに、さらに日本防衛の前面に立つアメリカが世界の警察官の役割を降りようとしているのに、防衛費増強の議論はほとんど顕在化しない。

 また、法定制限速度で走れない高速道路タイプの暫定の対向2車線の道路が、供用延長の1/3も占めるという世界で最も危険な道路状況だというのに、これの早期4車化もなかなか議論に上らない。

 地方創生というのなら、地方のモビリティの向上は不可欠で、地域社会の基本的な資産として、つまりインフラストラクチャー(下部の基礎構造)として欠かせないはずなのだ。このインフラストラクチャーをその整備の手段である「公共事業」としてしか理解できていないから「地方創生は公共事業抜き」という施策となり、東京一極集中が止まらない。

 つまりは、この国のすべての各部に「財政再建至上主義」がまかり通っているということなのである。

 さらに、多くの人には信じがたいことだろうが、TPPに邁進して貿易立国、輸出大国を目指すのだとメディアは強調するが、実は日本は輸出大国なのではない。ドイツ・韓国の輸出依存度が40%程度であるのに対し、最近の日本はわずか15%程度であり、高度経済成長期もせいぜい10%ほどだったのである。日本は昔も今も内需大国なのである。

 おまけに十分な港湾が整備されていないのである。就航中の世界最大級のコンテナ船が接岸できる港湾バースが横浜に1つあるだけで、それも2015年完成という有様なのだ。関西にも中部圏にも、世界最大級のコンテナ船が接岸できる港はないのである。

 このように政府がやるべきことをやっていない結果、世界最小レベルの租税負担率となっている。にもかかわらず、まるで財政再建主義という病にかかったかのように、公務世界の縮小論はわが国で止むことがないのである。

公務員数

 次に本コラムでも図示したことがある「公務員の多さ」を各国比較で見てみよう。全体数(中央・地方・政府企業・軍人を含む)で見ると、フランスは89.1人(人ロ1000人あたり・以下同じ)、イギリスは69.3人、アメリカ64.1人、ドイツ60.4人となっている。

 それに対して、わが国は36.2人にすぎないのである。同じく連邦国家ではないフランスと中央公務員を比較すると、フランスは24.6人であるのに対して日本はわずか2.7人なのである。(2014年値などを使った各国比較)

 それなのに最近も、「公務員総経費を20%削減せよ」との主張があったばかりである。このような主張をする人は、実際の各国公務員数の実態をわかった上で述べているのか、まるで不思議なのである。

 公務員を攻撃しておれば、票になるのではといった「何となく感」で主張しているにすぎないのではないか。この実態があるのに、いまだに20%削減説などが流布するのは奇妙で仕方がない。何事についても事実をふまえない議論が横行する国であるが、それにしても酷すぎるではないかという感じである。

 利潤の分配が期待できない公務員には「給与と身分の安定」という保証があり、これが「全体への奉仕という使命感」とともに人材を吸引する動機となっている。この基本制度に手を加える際には、公務および公務員システムの毀損という可能性についての丁寧なアセスメントが必要だ。それは公務員制度が国家の基幹インフラであるからである。

 かつて指摘したように、この国はアンカウンタブルな要素にはまったく無関心・無頓着で数字で表現できることにのみ執着するから、この公務員の志気低下に注意を払う人もほとんどいない。しかし、これは公務を蝕む本当の「ウィルス」なのである。

 財政が厳しいからと言い立てて「公務員総経費20%削減」を叫ぶ人に問いたい。なぜ「50%の削減」と言わないのか、その方が財政再建に貢献できるではないか。主張している人は、「50%も公務員を削減したのでは公務が回らない」ことを承知しているからなのだ。フランスに比較して人口あたり90%近くも少ない人間(中央公務員の世界)で公務の世界を回しているわが国が、さらに20%削減で本当に政府が回るのか。

 もしどうしてもというのなら、公務の領域を縮小しなければならないのだが「家の前の側溝が落ち葉で詰まったからすぐ掃除せよ」と役場に連絡がある国では、簡単ではないことは明らかだ。公務の領域を縮減するためには、住民や国民か役所に代わって「自分たちでやります」と言わなければならないのだが、本当にその覚悟があるのだろうか。