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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

新しい主権者が学習する憲法

掲載日時:2016/09/06

国土政策研究所長 大石 久和

 今年も「四月二十八日」が何の日であったのか、例年のようにほとんど誰も話題にすることなく過ぎていった。しかし、サンフランシスコ講和条約を経て日本が独立を回復した1952年のこの日を記念日として祝うことができない現実こそ、安全保障問題すら直視できない今日のわが国の混迷の根源であると言って過言ではない。

 占領時代と独立時代とを分ける境目を認識できないということは、わが国はいまだに戦後のままの占領時代にあるということだ。占領時代にはGHQによる強烈で厳格なプレスコードやラジオコードにすべての報道がひれ伏すことを強要されていたが、それをいまだに引き継いでいるということである。

 つまり、わがメディアは占領期には厳格なコードを遵守してGHQの意向に沿った報道をせざるを得なかったのだが、これが周知の事実になっていないということだ。

 GHQは巧妙なことに「検閲制度への言及」も検閲の対象にした。つまり、「出版、映画、新聞、雑誌の検閲が行われていることに関する直接間接の言及」は削除または発行禁止の対象であった。このことも占領時代には厳しい検閲が存在していたことが、あまり知られていない一因になっている。

 さらに検閲による修正も、戦前のわが国のように伏せ字にしたり空白にしたりすることは許さず、必ず版を改めさせていたから、どこがどのように変更させられたのか読者には判読不可能であった。

 アメリカというのは実に徹底した国だと思うのは、検閲のためには言葉の関係から日本人を用いる必要があったが、「検閲官であったことは一生秘匿せよ」と命じていたことである。だから、検閲官は数百人もいたにもかかわらず、最近に至るまで検閲官であったことを名乗り出た人はきわめて少数にとどまっている。

 また、アメリカは日本占領の2年も前から、日本での検閲方針や方法について研究を始めていたというのだから、何事も起こってからしか考えないわれわれとは決定的に異なる。

 GHQの検閲は私信の開封まで行うという野蛮かつ徹底したものだったし、初期には剣道・柔道・書道など「道」が付くものも禁止し、日の丸・君が代も、多くの歌舞伎や落語も禁止されたのであった。まさに日本的なものの完全否定だったのである。

 「連合国最高司令官に対するいかなる一般的批判」「極東軍事裁判に対する一切の一般的批判」「アメリカに対する直接間接の一切の批判」「満州における(ソ連による:筆者注)日本人の取り扱いについての批判」「ナショナリズムの宣伝」「占領軍兵士と日本女性との交渉」「朝鮮人に対する批判」「ロシア、英国、中国、その他の連合国に対する批判」「連合国一般に対する批判」、これらは一切検閲対象だった。

 加えて、「連合国の戦前の政策に対する批判」も検閲の対象となっていた。わが国が戦った相手国の戦前の政策を批判できないのであれば、「戦争に至ったのは、すべてわが国が悪かったからだった」としかなりようがない。

 憲法についても、「憲法起草にあたって連合国最高司令官が果たした役割についての一切の言及、一切の批判」も検閲対象となった。制定過程におけるこのような言及や批判が、発行停止につながるような処置を受ける可能性があるとなると、新憲法を批判することなどできるはずもないのは当然だったのだ。

 以上を見てみると、これらの厳しい検閲があった占領期のわが国では、まともな議論ができたはずがないことがよく理解できるのである。

 これを今日の一部の人たちの主張と比べてみると実に面白い。「現憲法を批判するな」「日の丸・君が代は大嫌い」「悪かったのは日本だから謝り続けて当然だ」などという現在の彼らの姿勢は、まさに占領期のGHQプレスコードそのものだとわかる。

 繰り返すが、わが国が7年にもおよぶ占領時代に終止符を打ち、主権を回復したその区切りの日を祝うこともできないということは、「主権の喪失と占領の戦後」の今日への継続を意味している。(手元の吉川弘文館の『日本史年表・地図』にも、昭和27年4月28日を主権回復日として記載していない。何の記述もなく無視している。)

 こうした事情なども考えると、18歳以上が主権者となり主権者教育のために日本憲法を学習しようとして、条文だけを学ぶのは大きな不足と危険があるように思える。

 一つには前述のGHQが一切批判を許さなかった時代状況こそ学習しておくべきだし、もう一つには「日本国憲法は日本国憲法だけを読んでいるのでは理解できない」からである。これは比較学というか比較理解学というべきなのか、「理解すべき対象は比較のなかでしか理解できない」という絶対とでも言うべき原理からも言えることなのだ。

 日本国憲法のわかりやすい対照は、ドイツ憲法(=ドイツ連邦共和国基本法・ドイツは統一を果たしたときに憲法化するとしてきたが、いまだに基本法のままである)であろう。同じように大戦で敗北したドイツがなぜ以下のような規定を憲法の中に入れているのかを、わが憲法と比較して理解することで、「日本がわかる」というものなのである。

 

  • なぜ、ドイツにはわが国にはない「兵役およびその他の役務」という規定があるのか。
  • なぜ、ドイツでは「財産権は義務をともなう。その行使は、同時に公共の福祉に役立つべきものでなければならない。」と規定して財産権の行使に厳しいのか。
  • なぜ、日本国憲法にはドイツ基本法にはない「すべて国民は、個人として尊重される。」という日本人にはなじまない個人主義を指向する規定があるのか。

 

 以上はほんの一例であるが、こうした見方で憲法を学習しなければ、わが憲法を理解することができないとわかるだろう。わが憲法の字面だけを眺めていては正論の羅列にしか見えない。「それがなぜ、何のためにわが憲法には規定されているのか」、「あれはなぜ日本には規定がないのか」を理解できるところまでは到達できないからである。