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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

軽井沢バス事故・規制破壊・新自由主義

掲載日時:2016/04/11

国土政策研究所長 大石 久和

 2016年の年明け早々の1月15日午前2時頃に、軽井沢町の国道18号碓氷バイパスで大型バスが道路脇に転落し、乗員乗客41名のうち15名が死亡し、生存者も全員が負傷するという大事故が発生した。亡くなった乗客13名全員が将来を嘱望されていた若い大学生だったこともあり多くの人の涙を誘った。

 格安のスキーツアーだったのだが、多くのずさんな運行実態が明らかになっている。運転手が大型バスの経験が少なく不慣れだったことや、運転手の健康診断・乗務前の健康や酒気帯びのチェック・運転手の入社時の適性検査などを怠っていたことや、国土交通省が定めた基準金額を下回る金額でツアーを受注していたことなど、唖然とするような事実が次々と露見している。

 行程表では高速道路を走るはずであったバスが、カーブだらけの一般道路を走っていたことも不思議だし、乗客へのシートベルト着用の指示もなかったようなのだ。

 今年は雪が少なくてお客さんが少ないから低い値段でやらざるを得なかったというのだが、人の命をあずかる以上安全に運行するのを第一義としなければならないということがすっぽりと抜けていた。

 国土交通省は、今後も法律やそれに基づく規則に違反がなかったか調査を継続するようだが、再び類似の事故が生じないように政府として「規制を強化」するなどの施策を早急に打ち出すのは、若き大学生たちの弔いの意味もあって当然のことである。

 こうした事故があるたびに思うのは、「規制緩和や規制破壊」を主張してきた経済学者の存在である。

 1995年の「財政危機宣言」以来、経済や財政についての正しい理解が封印され、ただひたすらに歳出削減に走ることが正しいとの風潮がこの国を支配してきた。これはこのころから本格化した新自由主義経済学が、今日「主流派」といわれるような主流の地位を占めるようになったこととも関連している。

 この経済学は、政府は余計なことをせず規制を緩和して民間に自由にやらせばいい、政府は小さいほどいいから財政支出を削減しろ、というものであったから財政危機認識とは根本的な基盤を共有していたのだ。

 この1995年に「規制破壊」という啓蒙書が発刊されたのは実に象徴的な符合だ。本書を著わした経済学者などは、「民間にやらせると、より安全性が増す。それは安全性を損なうと企業存続の致命傷になり倒産の恐怖に直面するからで、だから安全には民間企業は万全の注意を払う。」と述べていたのだ。

 もしそれが本当なら、今回の事故や2012年4月の関越高速道路のバス事故はどうなのだろう。東洋ゴムの免震や防振のデータ改ざん不正はどう考えればいいのだろう。企業の存続の危機に瀕するからとして、安全への配慮は万全だったのではなかったのかと大いに疑問である。

 冒頭の事故は、関越事故の時と同様に「再発防止策」を考えるというようなレベルの「事故」なのではなく、先に述べた「新自由主義が主導してきた種々の政策群」の抜本的見直しへの号砲と考えなければならない「事件」だったのではないか。

 作家の村上春樹氏が時代の転換点だったと述べた1995年時点での内閣は、村山富市氏が首相を務めていた奇妙な内閣だった。国家の基本法の改正を党の方針に掲げる政党と、これを守ることをほとんど唯一の結党理念として持つ政党が政権を担当していたという不思議さだった。

 その後は、小渕恵三内閣を唯一の例外として、新自由主義の「小さな政府、したがって健全財政・緊縮財政」「規制緩和」「自由化」「民営化」「労働市場の自由化」「グローバル化」などが正しい政策であるとする政権が継続してきた。

 1995年以降の経緯を冷静に見てみたい。

 

  • 名目GDPはほとんどの国では伸びてきたが、多くの先進国のなかでも唯一日本だけが横ばいのままで、まったく経済成長しなかった。
  • 経済が成長しなかったため、政府債務のGDP比は歳出削減に励んだにもか かわらず(実は励んだから)、むしろ逆に2倍以上にも増大した。
  • 一般会計税収は1990年に60兆円を記録したが、直近に至るまでこれを超えることができないでいる。2009年頃には40兆円を下回り38.7兆円しかなかったこともあった。
  • 1995年6月アメリカFRBのグリーンスパン議長は「日本は戦後初のデフレに陥っている」と述べたが、2016年3月のいまもデフレからの脱却はできていない。デフレとは物価下落以上に賃金が下がる現象だから、1995年に457万円程度だったサラリーマンの平均年収は2014年には415万円にとかなりダウンした。
  • これらの結果、経済でしか存在感を示すことができないわが国の世界におけるプレゼンスは半減以下に低下し、逆に大きくなった中国の横柄な態度を招くこととなった。
  • 緊縮財政のために、公共事業費を先進国のなかで唯一削減してきたから(日本はこの間半減以下に下げてしまったが、たとえばアメリカは2倍に伸ばしている)、河川整備費も半分以下に縮小し、予算減がなければ改修が終わっているはずの鬼怒川堤防が未成であったため、昨年の豪雨で堤防が破堤し大きな被害を生じた。
     また、わが国の高速道路(高規格道路)の1/3が危険な対面通行で供用されており、走行は時速70kmに制限されているが、日本のライバルのドイツでは1/3が6車線以上あり時速130km以上で走ることができている。

 

 結果がすべてだというのなら、構造改革を連呼する新自由主義の考えかたでは、経済は成長もせず国民は豊かにも安全にもならなかったという結果を見つめなければならない。

 このバス事故は「軽井沢での事故」ではなく、日本の主流派経済学敗北の象徴である。