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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

日本にしかないもの T

掲載日時:2015/12/22

国土政策研究所長 大石 久和

 世界中の民族と比較してもきわめて特徴的なわれわれ日本人の考えかたや、感じかたはどこから来るのだろうと考えてみた。世界的に稀なほどに多発する災害国土であったことと、小平野の分散という特徴的な国土に暮らしてきたこととが世界の人々とはまったくと言っていいほどの「経験の差」を生んできたからだと気付き、それを『国土が日本人の謎を解く』(産経新聞出版)としてまとめ上梓した。

 どの国にも独特の習俗といったものがあるが、ここではわれわれを理解するために「世界のなかでも特別級の現象」とでも言うべきものを整理してみた。

現場でのブルーシート

 数年前、ノルウェーで1人の殺人鬼による多数の無差別殺戮があった。野外の現場には死体が散乱していたが、わが国のようにブルーシートで覆われることなどまったくなかった。わが国では、秋葉原の事件でもあっという間に現場はブルーシートだらけとなった。残酷な場面から人々の目を遮断しなければならないからだ。

 ところで、ヨーロッパが難民を受容せざるを得なくなるほどに世論が急速に盛り上がったのは、海岸線に打ち上げられた3歳児の死体映像が出回ったからといわれる。しかし、この映像は、わが国ではほとんど人の目に触れることはなかった。

 あの猫の手も借りたいほどの未曾有の被害があった東日本大震災時にも一部にはシートが見られた。われわれは何から目をそらそうとしているのだろう。何に手間をかけ人手を使っているのだろう。海外のニュース番組をNHK−BSのワールドニュースで見ると、「残酷な場面があります」とあらかじめ予告したうえで映像を流している。

 われわれは、亡くなった3歳児を見つめて何かを考えなくてよいのか。目をそらしているだけでいいのか。そもそも、われわれは何かを考えているのだろうか。

雨天時などの高速道路速度制限

 昔、ドイツのアウトバーンの管理状況を調査するために、アウトバーンの管理者にいろいろと話を聞いたことがある。いくつも彼我の違いを実感した衝撃の驚きがあったのだが、その1つが以下の話である。

 ドイツはわが国よりも寒冷地帯にある。したがって、道路の路面凍結は頻繁に生じていると考えられる。そこで、「路面温度は測っているのか。凍結状況は把握しているのか。」と聞いたのだ。すると、「もちろん、温度は測っているし凍結も調べている。それに応じて薬剤散布などを行うからだ」という。

 そこで、「温度や凍結の有無などはドライバーに知らせて注意喚起しているのか」と聞いたところ、「それはしていない。わが国には、路面状況に応じた安全運転を行わなければならないという法律がある。それをやると責任の所在が曖昧になる」というのである。この答えは、何事にも親切なわれわれには大衝撃だった。

 わが国なら、高速道路などでは「道路管理者が路面凍結を知らせなかったからスリップ事故が起きた」とか「道路閉鎖が遅れたから多重追突が起こった」などと騒がれることだろう。ところが130q/hの走行を許しているドイツはこうなのである。

 また、雨が降り出すと「管理者が規制速度を変える」国など日本以外にあるのだろうか。雨天時にはスリップ事故が起きないように速度などに注意して運転するなど、高速道路利用者の本来的な責任ではないかとは考えない国なのである。

 こうしたことのために、管理費用はドイツより割高になっているに違いないが、それでも管理者が出張(でば)らなければならないのが、わが国というものなのである。

携帯電話の電源OFF

 地下鉄などの優先席付近では、最近やっと方針が変更され「混雑時には電源をお切りください」との掲示や車内放送になった。以前は無条件に電源を切れという指示だった。その理由は、心臓のペースメーカーへの携帯電話電波による悪影響の懸念である。

 しかし調べた限りでは、「世界中で1件も」携帯電話によるペースメーカー異常は報告されていない。そのためもあってか優先席で携帯の電源を切る人を見かけたことがない。電源を切る人がまず1人もいない状況のもとで「電源を切れ」との指示を流し続けることは、結局、指示に従うことを期待しているのではなく、「指示に従うかどうかは、個人の裁量に任せる」と言っているのと同じことになる。

 ドイツ人は絶対と言っていいほど規制や規則を遵守するから、守れもしない規則はまず存在しない。ちょうど正反対に、日本では規則は個人の裁量で守るかどうかが決まるから、守れもしない規制や規則があらゆるところに満ちあふれている。

 わが社会は、すべての事柄について、それは本音か建て前かを考えてから起動するのだ。

崩れゆく土地区画

 六義園は、その昔、三菱がドイツ・ベルリンの高級住宅街をモデルに土地を区画し分譲したところだといわれる。1区画200坪といった大きな区画で、当時の高給取りだった帝国大学教授とか財閥の幹部が購入したという。

 田園調布でも事情は似ているが、双方とも年を経て当初の土地区画が大きく崩れ、細分化されて狭小住宅が連立し、残念ながら昔の高級住宅街のイメージは損なわれている。

 ところが、三菱がお手本にしたベルリンの高級住宅街は現在でも土地区画はまったく崩れていないというのである。ということは、われわれ日本人はドイツ人と違って、大きな住宅区画を次世代に継ぐべき財産だとは考えていないということなのだ。

 相続税などの確保を優先して、狭小住宅化を阻止する仕組みが甘いのである。最小住宅区画を都市計画に入れている事例はいくつもあるが、それが小さすぎるのである。そのため、1軒の住宅が壊されると跡地には4軒もの住宅が建つといった事例が頻出して、町並みは年々、より貧弱なものへと変貌を続けている。

 (続く)