• JICEについて
  • 調査報告・研究成果
  • 助成・表彰・審査制度
  • 技術資料・ソフトウェア
  • 国土を知る

技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

真実の伝達

掲載日時:2015/11/17

国土政策研究所長 大石 久和

 消費税が10%に増税されるときには、一部の商品やサービスについては軽減税率を適用する議論が進んでいる。消費税が持っている低所得者ほど負担が重いという逆累進制をやわらげるため、食料品などに適用しようとする動きである。

 日本新聞協会は、2013年1月に声明を出し新聞に軽減税率を適用するように求めたが、その理由を次のように説明した。

 「民主主義の主役は国民です。その国民が正しい判断を下すには、政治や経済、社会など、さまざまな分野の情報を手軽に入手できる環境が必要です。」

 まったく誰からの反論も出るはずもない正論である。実際、わが国より消費税率(付加価値税率)の高いヨーロッパでは、新聞などにかなり低い軽減税率を適用している国もある。民主主義は、主権者が正しい判断を下せるように、「正確で偏向のない質の高い情報」と、「重要なことは何度でも伝えるなど十分な量の情報」に加え、「タイミングを外さない情報伝達」から成り立っていると言って過言ではない。

 問題は新聞協会の主張はまったくの正論だとしても、伝える情報が協会が示したように「主権者の正しい判断に資する」という実体をともなっているのかが心配なのである。

 2014年の秋から、朝日新聞の慰安婦や福島原発事故での吉田調書をめぐる誤報や虚報について大きな騒動があった。これに池上彰氏の連載の掲載拒否という騒ぎまで生じて、朝日新聞は反省を強いられることになったが、問題はこれだけなのだろうか。

 民主党政権が終わり、安倍政権が誕生してアベノミクスを主唱し始めると、2013年1月24日朝日新聞は「アベノミクスって、なに」という記事を掲載した。そのなかで、公共事業について次のように報道した。

 「(公共事業費を増やしてきたことで)極めつきは、財政の悪化だ。公共事業を増やしたせいなどで、政府の借金残高は、90年末の166兆円から、12年度末には約700兆円に達する。」

 これを検証してみよう。国債発行残高は1990年の167兆円から、2012年には697兆円に増加しているから記事が示した数字は間違ってはいない。しかし、何で増えたのかを調べると記事の説明のようにはまったくなっていないのだ。

 同じ期間で見ると、公共事業の原資となっている建設国債は102兆円から247兆円に増加し、2・4倍に増えている。一方、公共事業には使っていない資金である赤字国債は65兆円から450兆円に増加し、6・9倍にも増加しているのである。

 700兆円にも達したのだと言うけれども385兆円も増えた方には触れもせず、145兆円増えた方を代表に使って「公共事業を増やしたせいなどで」と説明するのが誠実だとはとても思えない。これを書いた記者は増加分の内訳を調べたのだろうか。

 調べたうえで、このように書いたのであれば普通の知能と感覚の持ち主とは到底思えない。調べずに書いたのなら怠慢のそしりをまぬがれない。何らかの意図があったのならさらに問題だ。

 財政問題の本質とは、「高齢化の進展にともなう医療・年金などの社会保障費の急増にいかに向き合うのか」ということであり、そのためには経済が成長して税収が伸びなければならないが、「経済成長のためには何をすればよいのか」ということなのだ。

 しかし、このような説明では「問題の本質」に到達するはずもない。この記事が問題なのは、1つには財政問題の本質を読者に伝達できていないこと、2つには公共事業への根拠なき批判を惹起することである。

 話は変わるが、順風満帆に見えていた中国経済が結構張り子の虎のようであり、実態はかなり前から痛んでいたことが徐々に露見しつつある。EUでもギリシャ問題の処理をめぐる混乱はまだ終わっていないし、このユーロ通貨制度がドイツの一人勝ちを引き起こし、EU内の周辺諸国の窮乏化システムだったのではないかとの批判も出始めている。

 わが国も、バブル崩壊以降20年以上にわたって経済はまったく成長せず、そのため税収がさっぱり増加しないという状況が続いてきた。

 リーマンショック後の世界経済の状況をアメリカのローレンス・サマーズ(ハーバード大学)は、「経済の長期停滞」と呼び、その処方箋として「インフラの更新や補強のための公共投資の拡大によって、需要を創出することが最も有望である。」と述べている。(2014年)

 また、各国の財政均衡のお目付役とでもいうべきIMFの変貌ぶりにも驚くべきものがある。2014年9月のIMFサーベイでは、「公共インフラ投資の増加は、残された数少ない成長促進のための政策手段である。(略)公共インフラ投資の拡大は、短期的には需要の増大、長期的には経済の生産能力の向上により生産を向上させる。」と述べている。

 IMFは、その前年にも「インフラは経済における生産での不可欠な要素」と説明している。

 ところが、わが国では本来ストック概念である「インフラ整備」を、フロー概念でしかない「公共事業」としか表現できず、つまりは概念を拡大できないまま「無駄」などという言葉にくるんで顧みることができないでいる。

 メディアは「国民の知る権利を守れ」と繰り返し述べている。しかし国民が知らなければならないのは、事実や根拠に基づかない妄想的な主張や論説ではない。世界やこの国に何が起こっているのか、それはどのように、なぜ問題なのか、また問題でないのかが、「具体で明確な事実」によって主権者に知らされなければならない。

 真実の伝達を保障するためにこそ、「表現の自由」や「言論の自由」が重要なのだ。この権利獲得のために多くの血が流れてきたし、それは今も続いている。尊重すべき自由の根幹が表現に関わるものであるのは、それが民主主義の最重要基盤であるからだ。

 だからこそメディアは種々の保護を受けているのだという認識がなければならない。