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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

「経済学者たちの敗北」からの脱却

掲載日時:2013/02/06

 わが国は、1995年〜1998年以来のデフレの淵に沈んだまま、国民の世帯所得の大幅な減少、国際社会における経済的地位の地滑り的後退という悲劇的な経済状況にあった。日本の国際社会での地位低下と、最近の国境を巡る紛議の顕在化とが無関係ではあり得ない。

 このことは、わが国の経済成長がまったく停滞したままであることに起因する。経済成長と税収とは正の相関があり政府最終支出はGDPの主要な構成要素なのに、主婦のような家計的感覚で節約や削減で対応してきたから、「歳出を削減すれば、それがさらなる削減を必要として、新たな削減を生む」という恐怖のサイクルをもたらしてきたのだ。

 結果として、充実させるべき政策をほとんど行い得ず、中国がこの20年間に軍事費を4倍にも伸ばして、わが国の安全保障上の脅威となりつつあるのに、傍観せざるを得ない状況だ。これが、この国から全般に「積極性が喪失」していっている根本原因となっている。

 数多い経済雑誌などに、経済学者とか経済評論家、エコノミストと自称する人々が、いろいろと意見を述べたり、攻策提言をしているが、一体彼らはわが国の経済状況の改善にどのような貢献をしたのだろう。結果がすべてだというのなら、何の貢献もしてこなかったといっても言い過ぎではないのではないか。ここからの脱却が必要なのである。

 東京大学大学院・社会学教授(当時)の盛山和夫氏が、「経済成長は不可能なのか」(中公新書)を著した。彼は、「経済学の専門家といえども的を射た信頼しうるような議論を展開している人は案外少ない。それは、専門家たちが常識的と見なされている学説を自明に正しいものと思い込んでいるからだ。経済学説なるものは、物理学などと違って自明に正しいものはほとんどない。」と述べて、「社会学者」なのに経済学の分野に踏み込んでいる。

 これはきわめて珍しいことであって、盛山氏はある意味で学者生命を賭けているように思える。それは、ある分野の専門家は他分野の専門領域には、口を挟まないというのが学会常識だからである。

 残念なことに、このことは学会の鉄の秩序といった趣があり、「犯すべからざる原則」なのである。ずいぶん昔のことだが、哲学者の梅原猛氏が「隠された十字架」を書いて新しい法隆寺論を展開したことがある。しかし、歴史学会は「歴史の専門家が述べたものではない」この説を完全に無視したままとなっている。なんと、抱擁性の高い宗教である仏教を奉じる法隆寺そのものが、梅原氏を一時期「出入り禁止」処分とする有様だったのだ。

 案の定、盛山氏の勇気ある挑戦は、知る限りでは経済学の世界からは何のコメントも発せられず無視されたままとなっている。

 盛山氏は、わが国は、「デフレ不況」「財政難」「政府の債務残高の急増」「少子化」という、同時にすべてを解決することは不可能な四重苦に陥っているという。そして、「失われた20年の原因が財政の無駄にあるというのも、ムダを削って国民の生活を直接に潤すような政策に振り向ければ、国内需要が拡大するので経済状況は好転していくというのも、全くの錯覚で完全に間違っている。」というのである。

 「失われた20年の最も大きな要因は円高だというのは、経済の専門家が明示的に語らない。」と指摘し、流動性の罠論の問題は、消費者に焦点を置くのではなく、企業に置くべきだとも述べるのだ。氏の文章からは、自分は社会学が専門だが、もう居ても立ってもおられず禁を破って発言しなければならないという焦燥感が伝わってくる。

 ポール・クルーグマンは、2002年の「恐慌の罠」(副題:なぜ政策を間違え続けるのか・中央公論新社)のなかで、次のように指摘している。

 「速水総裁(日銀総裁 ・ 1998年3月〜2003年3月)の、この2年間の判断は、ほとんど壮観な見世物といえるほどの大間違いだったといわざるを得ない。いろんな局面で、彼は景気は回復しつつあり、金融引き締めが必要だと繰り返したが、それは完全に間違いだったのである。」「速水優・日銀総裁は、金融緩和はハイパーインフレを起こすかもしれないと警告している。これは驚くべきことだ。(略)ノアの洪水が起こっている最中に、火事だ火事だと叫んでいるようなものだ。」これはほとんど愚かだといわれているに等しい指摘だ。

 しかし、日本の経済学者からは、このような日銀批判がほとんど出なかったのはどういうことなのだろう。ごく最近のことだが、野口旭・専修大学経済学部教授が、「白川総裁時代の日銀は、総裁の持論である量的緩和無効論に拘泥して政策選択範囲を狭め、後手後手の金融緩和に終始。本来はサブプライム問題とは無縁だった日本経済を、円高とデフレの二重苦に陥らせた。」(2012年10月16日・毎日新聞社・エコノミスト)と指摘している。

 財政制約を優先して内需をしぼませてきた政府の失敗と日銀の失政に加えて、神戸大学教授を務めた加護野忠男氏が指摘するのは、改革熱に浮かされた「企業の統治改革の失敗」である。