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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

行政の暴力

掲載日時:2015/10/05

国土政策研究所長 大石 久和

 北九州と鹿児島を大分・宮崎経由で結ぶ東九州自動車道が順次供用されていき、あとわずかな区間が完成すると全線が整備されることになる。北九州・福岡から熊本を経由する西回りの九州縦貫道は早期に供用されて地域の発展に寄与してきたのに比べ、東九州地域は大きなハンディを背負ってきたのである。

 九州縦貫道はえびのJCTから宮崎線と鹿児島線とに分かれるが、全線開通が1995年7月であったから、縦貫道に比べてこの東回りの東九州道は20年も遅れたことになる。

 大分・宮崎方面は在来線の日豊本線でも鹿児島本線とはかなり差のついたダイヤ編成だったし、近年では鹿児島まで新幹線が整備されたが、東九州の計画は凍結状態だ。このような交通路の未整備は九州の東西格差を拡大している。

 総人口減少時代に入ったにもかかわらず、東京一極集中が続いていることもあって、地方は自然減に加えて社会減が続いている。交通条件が整い産業が活発であれば社会減は少なくてすむのだが、条件不利地域では減少が大きくなるのは当然である。

 2010年から2013年にかけての各年の人口の社会増減率を九州各県で見てみると、福岡県は+1.8、+1.7、+1.6と推移してきており、佐賀県は−1.4、−1.4、−1.7、長崎県は−3.1、−3.5、−3.9と大幅に減少しているが、熊本県は−0.4、−0.8、−0.8と比較的健闘していると言える。

 ところが、大分県は−1.2、−1.5、−2.2、宮崎県は−1.1、−1.8、−2.1と、いずれも熊本より減少率がかなり大きいのである。ちなみに、鹿児島県は−0.9、−1.8、−2.1と推移している。

 長崎の人口減少は全国第1位級だが、大分・宮崎の減少も大きい。熊本よりも雇用の場が少ないからだ。そこで野菜や果物の出荷状況を見てみよう。端的に言えば、熊本は九州縦貫道で阪神や京浜の市場と結ばれているが、宮崎からは信号機だらけの一般国道を経由しなければ阪神や京浜にたどり着かない。

 決められたセリの時間に間に合わなければ、ほとんど価値がなくなる生鮮食材を到着時間がぶれる一般国道で延々と運べないから、高速道路による東京直結は不可欠だ。

 この傾向が顕著な例は、「すいか」や「とまと」である。なんとこれらの東京市場第1位は熊本産なのである。熊本のすいかやとまとは東京で強い競争力を持っている。東京には、よい品質にはカネを惜しまない人々が大勢いるから東京で売れると利益が大きい。

 そのために全国各県は産品を東京に送りたいのである。熊本すいかは1091トンも東京に来るのに宮崎すいかは1トン以下だし、熊本とまとは1450トン東京に来るが、宮崎とまとはわずか22トンと1.5/100程度でしかない。(2013年東京卸売市場)

 東九州地域の人々が、東九州道路によって熊本と同じ条件下で競争したいという気持ちが痛いほどわかる数字である。また東九州道などによって産地間競争が促されると東京人の商品選択肢が増えるから、最も利益が集積するのは東京なのである。

 社会を下から支える基礎構造である道路などを「インフラストラクチャー」と呼び、その上に上部構造としての「私的な空間や時間」が成り立つが、このインフラ概念をこの国ではほとんど欠いていることは何度か指摘してきた。

 その典型的な証拠が、インフラ整備を「公共事業」というフローの表現しかできず、ストックとしてのインフラの意味を議論できないでいることがある。その違いを端的に理解できるのが、ドイツの現メルケル政権が三党連立を組んだときの2013年12月の「連立合意文書」である。

 「モビリティは、個人の自由、社会参加及び豊かさと経済成長のための重要な前提となるものである。そのために必要な基盤が質の高い交通インフラである。それは、欧州及びグローバル社会におけるドイツの競争力を保障するものとなる。」

 東京新聞は2015年7月26日、東九州自動車道への用地提供を拒否している人を取り上げ、「行政の暴力屈しない」「道路は後世にツケ・闘争続ける」と見出しをつけた。この反対のために全線供用によって得られる利益が年単位で先送りとなった。椎田南〜宇佐間の道路に必要な用地の1153件が取得されたにもかかわらず、これだけの用地提供者の協力がたった1件の反対者のために実を結ばないのである。また、1件の用地を残したままで工事を進めなければならないため工事費等の増額は約4億円にも達することになる。

 道路は後世にツケとなると考えるのは自由だ。しかし、この道路で東九州地方の発展・経済的振興を図りたいと考えるのも自由なのだ。用地を提供し道路によって地域の発展を願う圧倒的多数のための行政行為のどこが「行政の暴力」と言えるものなのか。

 民主主義の根幹は「最大多数の最大幸福」である。この原則を踏みにじっては民主主義は成り立たない。また、民主主義は言論の自由とともに移動の自由が支える。だからこそドイツの連立政権合意文書に、モビリティの重要性が強調されるのである。

 反対者を英雄のように報道した東京新聞は、東京で首都高速道路の中央環状線が完成して都心の首都高速や街路の渋滞が大幅に緩和したことや、新宿方面から羽田空港へのアクセスが時間・信頼性ともに大きく改善されたことは知っているはずだ。

 この道路も少子化時代には将来へのツケとなるから建設すべきではなかったと主張するのか。われわれは「今を生きている」のである。この瞬間にもドイツやアメリカなどと経済的に競争したり、国内流通の改善を受けて販売圏を拡大したりして生きているのだ。

 同じ時期にBS・TBSも彼を丁寧に取り上げた。このように見てくると、これらのメディアはインフラの効用やインフラという概念がまったく理解できていないことがわかる。メルケル首相の連立合意文書などわかりもしないし、地方の苦しみにも思いが至らない。

 最後にドイツ憲法第14条を紹介しておきたい。そこには「所有権は義務を負う。その行使は同時に公共の福祉に役立つものでなければならない」とある。ドイツでは何であれ、所有権を行使し続けることは公共の福祉に寄与していることが前提だというのである。