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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

一極集中の広範な弊害

掲載日時:2015/03/03

 増田寛也氏が中央公論で、都市や自治体が将来人口減によって消滅する可能性を実証的に示し、その後新書などで繰り返しその説を説いたことから、特に地方の将来の人口減少を危機的にとらえる議論が沸騰している。

 政府も地方創生を安倍政権の政策の第1位に挙げ、担当大臣を置くほどに力を入れている。この問題は、東京・首都圏への人口などの一極集中という問題の片面である。したがって、地方創生の処方箋は、一極集中是正の処方箋と整合的でなければならないし、また決定は同時でなければならない。

 この集中と消滅という問題は、この国の深部を侵食しており、単なる人口問題ではない。

 @最大人ロ圏が人口を吸収し続けている先進国はない

 増田氏も指摘しているが、最大人口圏に人が集まり続けている先進国は日本だけである。1950年頃は、東京圏人口が総人口に占める割合は15%程度であり、当時のパリやロンドンと同じレベルだった。

 ところが、最近では東京圏は総人口の30%もの人ロシェアを持つようになったが、パリもロンドンも人ロシェアを上げてはいない。日本だけが特異なのである。また、ニューヨーク、ローマ、ベルリンなどは、総人ロシェアが1950年頃から今日までずっと5〜10%程度と少ないままであり、日本以外の首都圏は膨張していない。

 経済評論家は「効率的な東京圏にヒトが集まるのには経済的合理性がある」などと災害の危険も顧みないまま主張しているが、この20年間で見ても、最大人口圏に人を集め続けているわが国だけがまったく経済成長せず、これらの都市が存在する国は成長してきた。

 この事実は集中の全体的なロスが個々のメリットを上回っていることを示している。

 Aわが東京圏だけに大自然災害の危険がある

 東京は4つのプレートがせめぎ合う境界線に立地するが、紹介した他国の都市はどれも大きなプレートの真ん中の、プレート縁部から遠く離れて存在している。そのためプレート型の地震に見舞われたことは有史以来なかったし、今後も絶対にあり得ない。

 しかし、東京圏は直下型に加えプレート型の巨大地震に遭遇する危険があり、それは近未来に確実に起こると予想されている。その被害想定規模は実に巨大なもので、内閣府は直下型で経済被害95兆円、プレート型で220兆円にもなると予測している。

 このようなプレート型の地震が起これば、1755年のリスボン大地震によって世界舞台の脇役になってしまったポルトガルのGDP毀損を上回る被害額になるし、1930年頃のアメリカの大恐慌以上の経済打撃になるとの予測なのである。

 東京の環状七号線周辺の広大な木造密集地帯では阪神淡路大震災と同様に同時多発火災が確実に起こるし、液状化によって東京沿岸地帯(ここには200万〜300万kw規模の火力発電所が林立している)も壊滅する。にもかかわらず、この地域に高層マンションなどが盛んに建設されており、つまりは東京のさらなる脆弱化が促進されている。

 海外からの直接投資が少ないことについて規制が原因だなどとよく言われる。しかしドイツのミュンヘン再保険会社は、世界の大都市の自然災害リスク指数をネット上で公開しているが、それによると東京・横浜は710であるのに対しサンフランシスコは167と東京の20%強という低い水準だし、ロサンゼルスでもわずか100でしかない。

 海外企業はこうしたリスク認識で東京を眺めているから直接投資が少ないのである。現に外資系の保険会社がアメリカ本社の指令によって、日本の本社を東京から札幌に移転させたという例があるくらいに彼らは災害への危機感が強い。

 B首都機能移転論の失敗が総括されていない

 1992年「国会等の移転に関する法律」が成立したが、その後の各地からの誘致合戦が熾烈を極めたため、結局2011年には国土交通省の担当課が廃止になるという顛末を迎えた。首都機能を移転しなければならないと国会が判断したほどの集中に対する危機感が、運動の終焉とともに霧消したことは実に奇妙なことである。

 当時の石原慎太郎知事は移転には反対を明言していたが、過密にあえぐ東京からの分散には反対していなかった。首都機能の移転などという大きな判断ができないわが国では、この分散論を地方創生と一体として政策化することが正解だったのである。

 C一極集中は「人間としての暮らし」を毀損した

 今からは想像もできないが、われわれ日本人は長年大家族のなかで暮らしてきた。昭和28年(1953 )には、家族数6人以上の家庭が最も多く全世帯の40%を占めていた。それがその後急速に減少していき、最近では2人世帯が30%程度と最も多くそれを1人世帯が急追しているという状況である。

 個性の異なる構成員からなる家族のなかで、けんかをしたり慈しみあったりしながら人間関係を築いて成長してきたのだった。地方には子どもがいなくなるし、地価の高い東京圏では狭い家屋やマンションしか手に入れることはできないから多人数家族は消滅した。

 われわれは孤独死に至るような1人住まいを積極的に選択したのではないはずなのだ。行き過ぎた個人主義がわれわれを犯したという一面は強調する必要があるが、好んで淋しい死など選ぶはずもない。やはり集中礼賛の経済主義の犠牲となったのである。

 Dわれわれから時間を奪い疲労を強要した

 首都圏での住宅購入者アンケートによると、通勤時間が40分以上であるのは83%に達する。45分以上の通勤は仕事の効率を下げると言われるが、60分以上の通勤者で見ても54%にもなる。こうして、時間が奪われたから、「地域という所属」を失ったし、「子育てへの参加と喜び」もかすめ取られた。時間収奪による人々の疲労が、1月以上セックスレスである夫婦が45%に達する(全国値)という世界的にも希有な異常状態も生んでいる。