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技術資料・ソフトウェア / JICEの部屋(コラム)

全体像とオーダー

掲載日時:2012/07/20

社会のゆとり

 今の日本には、以前には見られたゆとりや大らかさがなくなったとつくづく感じます。この十数年来の経済の停滞がその最も大きい原因でしょうが、生活、経済の物質面にとどまらず、広く政治や行政などの制度面にも、そして文化・学術活動の精神面にも、日本のあらゆる面に及んでいると思います。特に思考におけるゆとりの喪失は、深刻な問題です。何でもかんでも目先の利益や近視眼的な効率性一辺倒の見方で評価してしまおうというのは、貧困な精神の現れに他なりません。

 文学・歴史学・哲学といった学問研究は、B/Cのような数値的効率性の評価軸からは評価不能なものでしょうが、人間活動の探求として必須であるのは疑いのないことでしょう。地震予知は、極めて難しい、現時点では実現可能性が高いとは言えないものでしょうが、世界有数の地震国である日本にとって、その実現は悲願であり、研究を続けていくことに一定の意義を見出すことは妥当でしょう。夢や理想や将来への情熱、長期的視野が、社会の改善、発展の大きな原動力になってきたのであり、これらを喪失することは人間の未来にとって深刻なことなのです。

 「人は、全てのものが見えるわけではない。自分の見たいものしか見えない。」という面は誰にでもあることでしょうが、社会全体が単一の見方や価値観にそろって陥るようなことになれば、社会が多様性を失うことにつながり、危機的です。主体的責任を持たず、他人のことをとやかく批評するという意味合いの「評論家的な」という形容詞がありますが、このままでは評論家すらいなくなってしまう気がしてなりません。

オーダーは?、「白か黒か」の幻想

 物事の本質をとらえようとする場合、「木を見て森を見ず」ということにならないように全体像をつかむことを常に意識することが重要です。  

 「オーダーをしっかりつかめ。」ということを、土木工学科の学生だった頃、何人もの先生から教えられました。どんな事柄でも、まず大まかな数量、程度をおさえろという意味で、「1なのか、10なのか、100なのか、はたまた0.1なのか」、桁(程度)を第一に把握しろ、その次に10なのか20なのか15なのか細部を分析評価せよということでした。この考え方は、全体像をつかむ上で、極めて示唆に富むものだと思います。何事でもオーダーをつかもうとする場合には、一部分だけいくら詳しくわかってもダメで、それよりもぼんやりとでも全体をとらえ、その上で総体としての概ねのボリューム感を評価することが必須になってきます。つまり、オーダーをつかもうとすることが、全体像を俯瞰することにつながる訳で、これにより、大枠をはずさずにものをとらえることができるのです。

 全体像の中には、色々なものが含まれています。決して一様、一色ではありません。物事には濃淡、光と影、プラス(効果)とマイナス(副作用)があるのが普通であり、「白か黒か」というものの考え方は、一見明快ですが、反面、一部分だけに目がいって全体像の評価が歪んでしまうという大きなリスクを必然的に内在しています。常に全体像を確認し、オーダー(程度)というものを評価することによって、白か黒のどちらかしかないという子供じみたものの見方に陥らないよう自戒しなければならないのです。世の中には、薄いグレーから濃いグレーまで様々なものが存在しているのが普通なのですし、薬でも少量すぎれば効かず、飲み過ぎれば毒にもなるのですから。

 今議論になっている原発の再稼働問題を見ても、部分部分をとらえて是非を論ずるのではなく、原発のリスク、電力の安定供給、代替火力の燃料輸入、コスト増の電力料金への転嫁、環境への影響など、日本の社会への今後の影響をトータルとしてオーダーもしっかりとらえたうえで、全体として実行可能で適切な解を冷静に探さないと将来に大きな禍根を残すでしょう。

将来への投資

 「米百俵」という言葉があります。現実の生活に苦しい中、あえて将来に向けて投資をする姿勢を示したものです。我々は、目先のことばかりではなく将来のことを考える心のゆとりを取り戻し、全体像をつかむことを常に意識し、米百俵の精神を持って将来と子孫のために投資をしていくことを忘れてはなりません。

 日本は、国土が狭く、天然資源にも恵まれていない国です。この国をどう発展させていくかは、まさに人にかかっており、教育は未来に向けた人づくりの基盤の最たるものですが、教育以外にも様々な制度、仕組み、基盤を将来をしっかり見据えてつくっていくことが絶対に必要です。我々の社会の幸せを目的として、その基盤を支えている社会インフラについても将来をしっかり意識しておくことが大切です。社会インフラには、交通インフラ(道路・鉄道・港湾・空港等)、生活インフラ(電気・ガス・水道等)、防災インフラ(河川・砂防・海岸等)など様々のものがありますが、これからのインフラの整備・管理においては、以下の三点に留意していくことが必要だと考えます。

@既存のインフラのリフォーム

 今後は、現在の社会インフラのストックを最大限有効に使っていくという意味で、施設の単純な機能維持だけでなく、時代に合うように機能の向上・変更をしていくリフォームの視点を重視していかなければならないと思います。 インフラは、日々人間が使っていくものです。それ故、施設が完成したらもうそれでおしまいというのではなく、使いながら不断に管理・補修の手を入れて機能の保持をしていくことが不可欠です。今から二千年も前にローマ街道や水道橋という優れたインフラを持っていたローマ帝国を思い起こす時、施設の建設を行った歴代のローマ皇帝の慧眼もさることながら、その施設が日々利用し続けられるよう建設後何百年にもわたって弛むことなく手を入れていった今では名も知れぬ多くのローマ人の情熱と努力こそ、感嘆すべき、そして見習うべきものです。

A粘り強さのある防災インフラ

 先般の東日本大震災の津波で見られたように、極めて大きい外力が稀にではあっても発生することがあります。設計外力を超えるような大きな外力を想定外とするのではなく、これへの備えを考えて、施設に損傷が生じても機能がある程度保持できる、施設は壊れるけれど壊れるまでの間一定の役割が果たせる、一種類の施設だけに全面的に頼るのではなく多種類の施設で相互にバックアップできる多重性のあるものにする、などの粘り強さのあるシステムを目指していくことが重要だと思います。

B日本のインフラ技術の世界貢献

 インフラは、社会を支える下部構造ですから、それぞれの国や地域の自然特性、社会状況に応じた違いが本来的にあるものであり、日本のインフラ技術が海外でそのまま適用できるとは限りませんが、それぞれの現地特性に合うものを日本の優れた技術の中から選択して活用していけば、世界へ大きな貢献ができると思います。

 昨年のタイでの洪水で日本からの応援対策が感謝されたように、日本と気候・風土が似ている東南アジアの国々では日本のインフラ技術が特に有効であると考えられ、日本にとっても今後のさらなる成長を望んでいるその国にとっても有意義なことだと思います。また、各種製品において世界的に高い評価を受けている正確さ、丈夫さなどの質の高さへの日本人のこだわりは、日本のインフラ技術にも内包されているものであり、この特性が強みを発揮できる分野も相当にあると思います。

( 横山 晴生 )